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名古屋地方裁判所 昭和30年(ワ)855号 判決 1955年11月19日

原告 酒井四季

被告 津田正雄

主文

被告は原告に対して金一万二千円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分につき原告において金四千円の担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。

事実

原告は「被告は原告に対し金十四万八千円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「(一)、被告は津島市天王通り六丁目の住所においてパチンコ遊戯店を営んでいるものであり、原告は、被告から昭和二十五年六月頃日給金四百円、その他三食賄付きとして毎月末日限り一箇月を纏めて賃金の支払を受けることとして被告に使用されることになり爾来被告の労務に服していたものであるところ、昭和二十九年八月十三日以降は被告より休業するように指図されたため実際は労務に服さないようになつたが、なお原、被告間の雇傭契約は有効に存続している。(二)然るに被告は昭和二十九年八月十三日以降原告に対する前記(一)記載の賃金の支払及び食事の提供を全く怠るに至り且つ同年八月末日頃には原告を除く爾余の被告方全従業員に対して一箇月分の平均賃金の約二割五分相当額を賞与金として支給したのであるから原告に対しても少くとも金二千五百円の賞与金の支払をなすべきであるのに、この支払をも全く怠つているため、原告はこれら金員の支払を再三請求するも被告はこれに応じないので、被告に対して(1)昭和二十九年八月十三日以降同三十年五月三十一日に至る合計二百九十一日分の賃金合計金十一万六千四百円、(2)食事代一日金百円の割合による右(1)の期間中の食事代金合計金二万九千百円並びに(3)昭和二十九年八月末日に賞与金として受取るべき金二千五百円の合計金十四万八千円の支払を求めるために本訴請求に及んだ。」と陳述し、被告の抗争事実をすべて否認した。(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張事実中原被告間に原告主張の日時その主張の通りの雇傭契約が成立したこと、被告は原告に対して昭和二十九年八月十三日以降は賃金その他何らの金員の支払をなしていないこと、同日以降原告は被告の労務に服していないこと、並びに同年八月末日頃被告方従業員の一部に対しては、賞与金名下に若干の金員を支給したが、原告に対しては何らの金員の支給もしなかつたことは認めるが、その余の事実はすべてこれを否認する。」と述べ、なお「(一)原告は被告に雇傭されながら昭和二十九年八月頃から全く休業するようになつたため被告としては原告が被告方を自発的に退職したものと思料していたし、(二)仮りに被告が原告に対して同年八月十三日と解雇の意思表示をなし、この意思表示によつてはじめて原被告間の雇傭関係が終了したものであるとしても原告は被告方の臨時雇員であるから労働基準法第二十条第一項本文後段の適用を受けるものでなく、従つて解雇手当の請求権は発生するに由ない。(三)また仮りに原被告間の雇傭関係が同月十三日を以て終了していないとしても、原被告間の雇傭関係における賃金支払の方法は原告主張の通り日給制であるから原告が自ら休業しながら賃金その他の金員の支払請求をなすのは全く失当である。(四)なお、原告が労務に服していた頃の前叙パチンコ営業の経営者は訴外浅井宗博であり、被告は昭和三十年六月から右パチンコ遊戯店の経営者になつたに過ぎない。」と抗争した。(立証省略)

理由

被告は津島市天王通り六丁目の住所でパチンコ遊戯店を営むものであり、原被告間に昭和二十五年六月頃、原告は被告に対して、被告の前記営業上の労務に服し、被告は原告に対してこの賃金として一日につき金四百円を支給しその他被告が出勤した日の食事三食を提供することとする雇傭契約が締結されたが、原告は昭和二十九年八月十三日以降被告に対する前記労務の提供を事実上絶つに至り、被告も亦原告に対し同日以降の賃金その他の支払を全くなしていないことは当事者間に争がない。なお被告は原告が勤務していた頃のパチンコ遊戯店の営業名義人は訴外浅井宗博であり、昭和三十年六月に至つて始めて被告が右営業名義人となつたものであると主張し、かつこれに副う証人水谷喜一の供述及び乙第一、二号証の記載があるけれども、営業上の名義人と雇傭契約の一方当事者が常に一致しなければならない理論上、実際上の根拠は全くないものというべきであるから、原告が前記パチンコ遊戯店に勤務していた頃の営業名義人が右訴外人であつたことは、原被告間の本件雇傭関係の成否に何らの影響をもつものでもないというべきである。

被告はまず原告が昭和二十九年八月十三日以降自発的に出勤を怠るに至つたのであるから、その前日である同月十二日を以て原告方を退職したものであると主張するけれども、被告が自発的に休業するに至つた旨の証人水谷喜一の供述は、原告本人の供述に照し輙く措信し難く他に被告の全立証によるも原告が自発的に被告方の労務に服しないようになつたと認めるに足る証拠はなく、却つて原告本人の供述に徴するときは、原告には自発的退職の意思は全く存在しなかつたことが認められるのであるから被告の右主張はその理由がないというべきである。

そこで原被告間の雇傭関係終了の有無及び該雇傭関係が終了したとすればその時期並びに原因如何について考察するに、原告本人の供述によれば、被告は昭和二十九年八月十三日被告方に出勤した原告に対して、その前日、原告が欠勤したことから、「この忙しいのに休まれては困るからもう来なくてもよい」旨向申けたこと及びこれによつて原告は爾来被告方に出勤しないようになつたことを認めることができ、右認定に反する証人水谷喜一の供述は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証左はない。而して被告の原告に対する右宣言は法律上解雇の意思表示であると評価すべく、従つて原被告間の雇傭関係は被告の右意思表示によつて終了したものというべきである。

そうだとすれば、原告は被告に対して、労働基準法第二十条第一項本文後段所定の解雇予告手当請求権を有するかどうかについて考察しなければならないところ、被告は原告が臨時雇員であるから同法第二十一条に則り同法第二十条第一項本文後段の保障をうけるものに該当しないと主張するけれども、被告の全立証によるも原告が同法第二十一条第一乃至第四号所定の一に該るものであることを肯認するに足る証拠はなく、かつ右解雇が同法第二十条第一項但書所定の事由に基くものであることについては被告の何ら主張立証しないところであるから、被告は前記認定の解雇の意思表示と共に同法第二十条第一項本文後段所定の三十日分以上の平均賃金の解雇予告手当を支払うべき義務を負担したものというべきところ原被告間の就業規則その他の特約につき、原告の特段の主張立証なき限り右解雇予告手当は前記平均賃金の三十日分に限定されるものといわなければならない。(なお当裁判所は同法第二十条第一項本文後段の規定は、使用者は解雇の意思表示の到達と同時に三十日分以上の平均賃金を支払うべき債務を負担し、かつ該債務は即時履行期に達するものではあるが、仮令この債務の履行を遅滞しても解雇の意思表示の効果は依然有効であると解する。)而して被告が原告に対して支払うべき右認定の三十日分の平均賃金の解雇予告手当と雖もなおその性質は賃金の繰上支給の意味を持つものであると解するからこれは原告の本訴請求の訴訟物の一部を構成しているものというべきである。

よつて進んで右解雇予告手当金の額如何を考察するに、本件雇傭契約の賃金は一日金四百円であること当事者間に争がない(なお出勤した原告に対して被告が一日三回の食事を提供していたことも当事者間に争がないがこれは労働基準法第二十条第一項本文後段所定の平均賃金の概念に包摂されるものではなく原告の稼働に対する被告の特別給付の性質をもつものであつて右規定にいう平均賃金の一部を構成しないものというべきである。)から、被告は原告に対して一日につき金四百円として算定した三十日分の平均賃金合計金一万二千円を支払うべき義務があるものというべく、この限度において原告の請求を正当として認容し、爾余の原告の請求は原被告間の雇傭関係が昭和二十九年八月十三日以降も有効に存続したことを前提とするものであつて、前記認定の如くすでに同日を以て雇傭関係が終了している本件においては、その余の争点につき判断するまでもなく失当としてこれを棄却することとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 村本晃)

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